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礒宮八幡神社

所在地〒725-0023 竹原市田ノ浦一丁目6-12
交通案内

JR竹原駅より、東に徒歩7分

電話番号0846-22-2529
駐車場8台

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建久5年(1194)、鎌倉幕府の御家人・後藤兵実元が幕府の方針により、後藤家の守護神として、吉名の地に、宇佐神宮の分神霊を勧請したのが始まりといわれています。
実元は徳の高い人で、吉名だけではなく周辺地域の人に慕われ、没後、人々が自分たちの氏神として、鳳伏山(竹原高校南側の小山)に遷座しました。鳳伏山が半島状の地形だったので、「礒宮八幡神社」と呼ぶようになったそうです。
万治3年(1658)、神官の唐崎正信に宇佐神宮のご神託があり、現在地に遷座されました。
大正時代には、広島県の史跡に指定されるほどの立派な神社でしたが、昭和42年(1967)、集中豪雨により山が崩れ、3百数十年の歴史を誇っていた本殿、拝殿などが全て崩壊しました。
現在の社殿は、昭和51年(1976)に再建されたものです。
毎年、初詣には1万5千人の人々の参詣で賑わい、例大祭には「ふとん太鼓」が町内を練り歩きます。

◆礒宮三大祭◆ 夏越祭(6月晦日)、祇園祭(7月中旬)、秋の例大祭(9月中旬)

◆広島県史跡「忠孝岩」◆
尊王論者であった、第5代神官の唐崎常陸介信徳が、境内の心字池のほとりにあった千引石(大きな石)に、中国の文天祥の筆跡による「忠孝」の二文字を、自らの手で刻んで残したといわれています。 
この「忠孝岩」は、県の史跡に指定されています。また昭和28年(1953)に境内に建立された唐崎常陸介の顕彰碑は、竹原の旧家の吉井章五翁と竹原出身の村上定の二人が立案したもので、碑文は徳富蘇峰(「八重の桜」にも登場)、揮毫は書道家・上田容熙(別名 上田桑鳩)によるものです。

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