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県史跡 頼惟清旧宅

所在地〒725-0022 広島県竹原市本町3丁目12-21
交通案内

JR呉線竹原駅より徒歩で約15分。
山陽自動車道河内ICより車で約20分。
広島空港より車で約25分。
新港橋バス停より徒歩で約10分。

営業時間9:00~17:00
定休日年末年始(12月29日~1月3日)
料金無料

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日本外史の著者として知られる 頼山陽の祖父、 惟清が紺屋を営んでいた家です。先祖は小早川氏の家臣で、三原の頼兼に住んでいましたが、惟清の曽祖父総兵衛の時に竹原に移り住み、海運業と農業を営んでいました。 二代目弥七郎の時紺屋をはじめ、四代目惟清の時この家に移り、父弥右衛門の意志をついで、子供達に学問をさせ、長男春水(頼山陽の父)は広島藩儒となり、幕府の昌平黌で講義をするなど高名な学者になりました。 春風も医者、儒者として春風館を建て、学問の向上に寄与し、杏坪も広島藩儒となり、三次代官をつとめ、芸藩通志の編纂を行いました。建物は間口4間、奥行7.5間の入母屋、塗込め造りの主屋と南側に直角に棟を出した離れ座敷があります。建築は安永四年(1775)頃と考えられており、竹原の町家の代表的なものです。この建物は、頼一門の発祥の地として、また江戸中期の遺構がよく残っており県史跡として指定されています。

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