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重要文化財 「春風館」頼家住宅 「復古館」頼家住宅

所在地〒725-0022 広島県竹原市本町3丁目7-24
交通案内

JR呉線竹原駅より徒歩で約15分。
山陽自動車道河内ICより車で約20分。
広島空港より車で約25分。
新港橋バス停より徒歩で約8分。

営業時間内部非公開

「春風館」
春風館は頼山陽の叔父、頼春風の家です。春風(1753~1825、通称松三郎、名惟彊、字千歳)は大阪で医学と儒学を学び、安永2年(1773)帰郷し医業を開業しました。安永末年(1780)には塩田経営に乗り出し、天明元年(1781)には春風館を建築。春風は家業のかたわら、学問にも力を入れ、町の子弟の教育にあたり、寛政5年(1793)には「竹原書院」の設立に努力し、竹原の文化の向上に尽力しました。春風は兄春水や弟杏坪の出世と活躍の影で始終竹原にあたって家業を守り、春水没後その嗣子聿庵の後見役となり、藩から七人扶持を与えられ、御医師格となりました。建物は天明元年建築のものが安政元年(1854)に焼失し、安政2年(1855)再建されました。長屋門と玄関構えをもつ武家屋敷風の建物だけがドマを持っています。奥に祠堂として茶室を持ち数奇屋風の意匠に統一され、茶人不二庵の設計と伝えられています。

「復古館」
頼春風の養子である小園は、春風館の西側に隣接して、「兼屋」と称し、安政6年(1859)に三男の三郎を分家、独立させました。これが復古館の主屋の建物で、春風館と同じく、茶人不二庵の設計によるものと伝えられる木造切妻造二階建、本瓦葺の数奇屋建築です。 大小路の通りに面した店棟は、明治16年の建築で、入母屋造二階建で、一階部分に広い土間をとり、店の間には「ぶちょう」(あげ戸)がそのまま残っています。みせ棟から母屋棟への空間がつぼ庭となり、その二棟をつなぐ玄関の間によりH型となっています。母屋の座敷より縁側で囲まれた庭の北側に、揚げ縁でつながれた茶室(祠堂=明治37年建築)があります。 敷地内には、幕末から明治にかけて酒造業を営んでいた頃の臼場・米蔵・室蔵・新座敷(現光本邸)が配されています。

詳細マップ

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