ここはマッサンのふるさと

日本のウイスキーの父「竹鶴政孝」は竹原市出身
ニッカウヰスキーの創業者であり、日本のウイスキーの父と呼ばれる竹鶴政孝氏は、竹原の出身です。進取の気性に富み、困難に打ち勝ちながら純国産ウイスキー製造に信念を貫いた政孝の生涯は、NHK連続テレビ小説「マッサン」(2014年9月~2015年3月放送)のモデルとなり、竹原でロケが行われました。
実は分家出身の政孝
竹鶴酒造は、現在まで300年近く続く歴史ある造り酒屋です。現在の当主で14代になります。1894年、政孝は竹鶴酒造で誕生しました。分家筋の政孝ですが、当時政孝の父が本家の跡継ぎの後見人であったため、この家で生まれました。竹鶴本家12代目の「ふたいとこ」という関係です。
  • 1899年の竹鶴家(下段中央が政孝)

    1899年の竹鶴家(下段中央が政孝)

酒造りへの熱気を感じながら育った
政孝は、9人兄弟の7番目で、三男。政孝が子どものころ、広島の酒造業界は、三浦仙一郎をリーダーに、灘の酒に負けない高品質の酒造りを成功させていきます。政孝の父・敬次郎もグループの一員であり、酒造りへの熱気を感じながら育ったことが、本物を追い求める政孝の原点になったと思われます。
  • 1903年創建当時の忠海中学

    1903年創建当時の忠海中学

元内閣総理大臣 池田勇人と出会う
1909年、忠海中学校(現・広島県立忠海高等学校)に入学。2年次から兄と二人で福田に下宿、前の海でよくタコを獲って食べたそうです。兄の卒業で寮に移り、5年の寮長時には、後の首相・池田勇人が入寮。この時から親しい付き合いが始まり、首相になった池田と対談したときは「こんなにえらくなるのなら、もっと優しくしておくんだった」と冗談が出たとか!
  • 鎌倉の自宅で政孝とリタ

    鎌倉の自宅で政孝とリタ

大阪工業学校(現・大阪大学)醸造科を卒業後、摂津酒造に入社。1918年、ウイスキー造りを学ぶため、スコットランドに単身留学しました。グラスゴー大学で同窓生だった女性の家を訪問した時に、運命の人・姉のリタと出会います。1920年、リタと結婚。翌年、竹原にリタを連れて帰りますが、ドラマと違い、お母さんの反対はなかったと言われています。
2人と一緒に、記念撮影を♪
2015年、政孝の功績に敬意を表し、市内外の方々の寄付により、町並み保存地区の憧憬の広場に、銅像が建立されました。今井眞正氏の制作による二人の人柄がにじみ出た表情豊かな銅像で、観光客の人気を集めています。隣の歴史民俗資料館では、竹鶴政孝コーナーを設け、中学時代の作文や、留学中に苦労してウヰスキーの作り方を書き留めた政孝ノートや1号ウイスキーなど展示しています。