


町並みの一角で異国の風がやわらかくなじむ − café 根古屋
「たけはら町並み保存地区」の北側に佇む、台湾カフェ「café根古屋(ねこや)」。営むのは、2019年に福井から移住してきた山内博行さん、雅子さんご夫婦です。明治時代に建てられた民家と出会い、「ここだ」と直感したことが、この場所とのはじまりでした。空き家バンクを通じて紹介された建物に、雅子さんのご実家の屋号を店名として掲げ、2022年3月にカフェをオープン。通りの一角で、静かに暖簾を掲げています。



メニューには、台湾の家庭料理や甜品(てんぴん=デザート)が並びます。牛肉麺(ニューローメン)や豆花(トウファ)に加え、台湾カステラやパイナップルケーキといった甘味も、いずれも雅子さんの手づくりです。豆花に添えられた豆やゼリーなど、たっぷりと用意されたトッピングもすべて自家製。ほどよい甘みで、食後でも軽やかに楽しめます。
また、台湾茶は約10種類が揃い、香りや味わいの違いを聞きながら選ぶひとときも、この店ならではの魅力です。

もともと二人は、博行さんのご実家の繊維会社で働いていました。転機となったのは、銀婚式で訪れた台湾です。現地で出会った料理のおいしさや、人のあたたかな空気に触れたことをきっかけに、その魅力に惹かれていきました。
ちょうどその頃、雅子さんの実家でサポートが必要になったこともあり、移住を検討するなかで、「次に始めるなら台湾にまつわることを」と考えるようになったといいます。


店となる場所を探すなかで、自然と古い建物に目が向いていたという二人。府中市から1時間以内という条件のもと、さまざまな町を巡るうちに、賑やかさよりも落ち着いた空気の中で日々を重ねたいと思うようになりました。
そんななかで訪れた竹原の町並みに、これからの暮らしを重ねるイメージが湧いたといいます。「自分たちのペースで続けていけたら」と雅子さん。心地よい歩調を大切に、店を営んでいます。


建物は、当時の面影を残すために大きく手を加えず、必要な修繕にとどめました。レトロなデザインの窓ガラスや外観の佇まいもそのままに、空間に合わせて古道具の家具を取り入れています。
店では台湾の話に花が咲き、訪れた人同士で会話が生まれることも少なくありません。ときには一緒に台湾を訪れることもあるのだとか。「この場所をきっかけにたくさんの縁をいただいています」と、新たな一歩を踏み出したからこそのつながりが、かつて空き家だったこの場所に、静かに灯りをともしています。

町並みのまんなかで、灯りをつなぐ一軒 − 舮澪-1648- rulé
町並み保存地区の中心に、かつて旅人をもてなしてきた建物があります。築100年以上の歴史をもつこの場所は、「礒邊旅館」として人々を迎えてきました。ゆらぎのあるガラス越しにやわらかな光が差し込み、奥には小さな庭がひっそりと設けられています。随所に当時の趣が残る佇まいは、通りのなかでもひときわ目を引きます。
その後、2019年に甘味処「茶寮一会」として親しまれてきましたが、2025年3月、店は一度暖簾を下ろしました。町の灯りがひとつ消えたような、そんな寂しさが広がったそうです。



その出来事を、複雑な思いで受け止めていたのが、2024年10月に竹原へUターンしてきた山田時生さんでした。実家が酒屋を営んでおり、「茶寮一会」ともつながりがあったことから、この場所の行く末を気にかけていたといいます。後継者がいないという話を知り、「誰もやらないなら、うちで関わってみては?」と父に相談。すると、「それなら自分でやってみたらどうか」と背中を押され、この場所を引き継がせてもらうことになったと話します。




そうして2025年11月、新たにオープンしたのが「舮澪-1648- rule(ルレ)」です。「ルレ」はフランス語で“宿駅”を意味し、英語で“リレー”となることから、受け継がれてきたバトンをつないでいきたいという思いが込められています。また「1648」は、竹原で製塩業が始まった年。町が最も栄えていた時代への敬意も表されています。
メニューは、これまでの甘味処の内容を引き継ぎ、あんみつやパフェ、抹茶、甘酒などのほか、冷酒をかけて味わうアイスや、たけはら三蔵の飲み比べなど、酒屋としてのカラーも感じさせます。




実は時生さん、社会人としてのスタートは医療従事者として救命救急の現場でした。コロナ禍をきっかけに働き方を見つめ直すなか、転機となったのが島根県「隠岐の島」への一人旅でした。そこで出会ったのは、地域に根ざしながら生き生きと活動する同世代の姿。強く惹かれた理由を確かめるために転職し、ホテルのフロント業務を経験するなかで、人と地域がゆるやかにつながる関係性に魅力を感じたといいます。「振り返ると、父も地域との関わりを大切にしていた」と話す時生さん。その記憶が、いまの選択にもつながっていました。

「この場所をなくしたくないと思ったんです」。そう語る時生さんにとって、今回の挑戦は初めての飲食業。原価計算やメニューづくり、接客など、日々試行錯誤を重ねています。それでも、訪れる人とのやりとりや、町の魅力を伝える時間に手応えを感じているようです。「建物の歴史に興味を持ってくださる方も多いので、この場所ならではの時間を届けられたら」。受け継がれてきた空間の中で、新たな営みが静かに始まっています。



町並みを歩きながら、ふと足を止めて立ち寄る古民家カフェ。そこで過ごすひとときは、ただ休憩するだけでなく、この場所が重ねてきた時間に触れるひとときでもあります。訪れた二軒はかつて、どちらも空き家となっていた建物ですが、それぞれのかたちで光が灯され、現在の町並みにやさしくなじんでいました。
通りを行き交う人の気配や、やわらかく差し込む光。そんな風景のなかで味わう一口は、いつもより少しだけ特別に感じられるかもしれません。