
日本の近代建築を支えた吉名のレンガ
竹原の沿岸部に位置する吉名は、レンガの産地として有名です。今もレンガ工場やその跡地が点在し、建造物やレンガでできた海岸が、この町ならではの風景をつくっています。
吉名でレンガづくりが始まったのは、明治時代の終わりごろ。鉄分を多く含む赤土が豊富で、海に面した立地は、レンガの生産と輸送に適していました。近代化とともに建設需要が高まると、質の高い吉名のレンガは各地で使われ、町は大いに活気づいたといいます。
大正時代には、大量生産型の「ホフマン式輪環窯」が導入されました。その名残として残る大きな煙突は、平成19年(2007)に「近代化産業遺産」にも認定され、夕暮れの町に、かつての産業の記憶を静かに留めています。






港町から感じられる暮らしの風景
吉名は、漁師町としても知られています。瀬戸内海に面した穏やかな海は、長く人々の暮らしを支えてきました。
吉名駅から、くねくねと細い路地を抜けて港へ向かう道すがら。呑気に昼寝をする猫や、魚を売り歩くのに使われていたであろう古いリヤカーとの出会いが、どこか懐かしい気持ちにさせてくれます。 漁港に置かれたタコ壺からも、仕事を終えた港の静けさがにじみ出ています。
朝には少しずつ動き出す港も、夕暮れになると、潮の香りと誰もいない船が静かに波に揺れているだけです。




夕景に感じる、積み重ねられてきた時間
夕暮れの吉名を歩いていると、町中をランニングする中学生や、家族とキャッチボールを楽しむ小学生の姿がありました。声をかけると、「あそこにレンガ工場の跡がある」と、すぐ近くの場所を教えてくれました。
今も稼働するレンガ工場、町の人々の暮らしに寄り添う漁業、赤土の畑で育つじゃがいも。吉名にはいくつもの名産がありますが、それらを生み出してきたのは、日々この町で暮らす人たちです。夕方の穏やかな気配からは、そんな暮らしの様子も感じられる気がします。



港を離れ、美しい砂浜が続く海岸へ。遠浅の海には夕焼けが静かに映り込み、波の音だけが響いています。歴史、産業、人々の暮らし。夕方の吉名を歩くことで、それらが今も同じ場所に生きていることが、じんわりと伝わってくるようです。
赤土やレンガ、夕焼けの色が重なり合い、町全体がオレンジ色に溶けていく、そんな夕方の吉名が、静かに心に残りました。

